最初に結論を申し上げますと
労働時間は4種類あります。

すなわち

その1.労基法の刑罰適用の対象となる労働時間
その2.労基法の賃金請求権の対象となる労働時間
その3.労働契約上の賃金対象・労働義務の対象となる労働時間
その4.労災保険の業務上認定の対象となる労働時間

の4つです。



【その1.労基法の刑罰適用の対象となる労働時間】

労基法(労働基準法)は、
他の労働関係法と一線を画すほど
怖くて強力な法律です。

その理由はいくつかありますが、
その1つとして、
違反すると罰則があることが挙げられます。

たとえば、
社員が嫌がっているのを無理やり強制的に仕事をさせると
第5条違反となり
1年以上10年未満の懲役刑か罰金が課せられます。

同様に
労基法第32条では、
労働時間は1日8時間、1週40時間まで
と明確に決められています。

社員と36協定もせずに
この法定時間を超えて社員を働かせた場合
第32条違反となり、
6ヶ月以下の懲役か罰金が課せられます。

つまり、
「労基法の刑罰適用の対象となる労働時間」
とは、
「労基法第32条の労働時間」
を指すことになります。

第32条の労働時間は、
刑罰の判断要素であるため、
厳格なものであることが求められ
4種類の労働時間のうち最も範囲が狭くなります。

社員目線で言うならば、
『一所懸命に働いている時間』
だと思ってください。



【2.労基法の賃金請求権の対象となる労働時間】

労基法によって、
給料の支払いを強制される労働時間のことです。

残業時間がこの労働時間に該当すれば、
残業代を支払う義務が発生します。

具体的には、
その1の労働時間に加えて、
手待ち時間、業務上必須である後片付け時間等
が該当します。

4種類の労働時間のうち、
その1の労働時間に次いで範囲が狭い概念です。

社員目線で言うならば、
『会社の支配下にある時間』
だと思ってください。



【3.労働契約上の賃金対象・労働義務の対象となる労働時間】

会社と社員がお互いに
給料支払い対象であると合意している時間
のことです。

たとえば、
風邪をひいたので、
所定労働時間内に外出し病院に行った場合でも、
会社が職場離脱中の給料を控除せず社員に支払っているときは、
この労働時間に該当します。

明らかに労働から解放されている時間であるため、
労基法上の労働時間には含まれない
という特徴があります。

社員目線で言うならば、
『お給料をもらう根拠となるすべての時間』
のことだと思ってください。



【4.労災保険の業務上認定の対象となる労働時間】

社員が過労死や精神疾患等に罹患した場合、
その原因が業務にあると労働基準監督署に認定されると
労災保険が適用されます。

過労死や精神疾患等に罹患した社員に
1月間の残業時間が100時間を超えるような
長時間労働をさせていた場合、
業務が原因と認定される可能性が高くなります。

第4の労働時間とは、
業務が病気やケガの原因かどうかを判断する際に
労働時間にカウントされる時間のことを指します。

案件によっては、
出張中の移動時間や接待時間も
第4の労働時間に含まれることがあります。

社員目線で言うならば、
『労災かどうか判断する際に仕事中であると判断される時間』
のことだと思ってください。



具体例で考えてみます。

【製造業の主任であるAさんのとある1日】

4:00 今夜の得意先との商談に使用する資料作成のため、早出出勤。
8:00 所定の始業時刻。製造現場へ。
10:00 会社のミスで原材料が不足。11時までの1時間スマホゲームで暇つぶし
11:00 原料が納品されたため、製造再開。
12:00 1時間の昼休み開始。
13:00 午後の製造開始。
14:00 風邪っぽいので、病院に行くため外出。
16:00 病院から戻り、業務へ復帰。
17:00 所定の終業時刻。商談のため得意先へ移動。
18:00 得意先にて商談開始。
19:00 商談成立。その勢いで接待となる。
24:00 接待終了。ヘロヘロになりながら帰宅…。

※この職場では、
通院などで終業時間中に外出しても給料は減額しない。
という暗黙の了解が成立している。

A主任は
このようなハードな日々を繰り返した結果、
とうとううつ病になってしまいました。

この事例の場合、
4つの労働時間はそれぞれ
どのように違うのでしょうか?



【1.労基法の刑罰適用の対象となる労働時間(一所懸命に働いている時間)】

4〜10、11〜12、13〜14、16〜17、18〜19

の合計10時間が労働時間に該当すると考えられます。

10時〜11時は、
スマホゲームで暇つぶしをしており、
心身に負荷が掛かるような労働をしている
とは言えないでしょう。

同様に
14時〜16時の病院に行く外出時間も
労働しているとは言い難いです。

17時〜18時は、
移動しているだけであり、
厳密には労働していないため、
若干ビミョーですが対象外と考えます。



【2.労基法の賃金請求権の対象となる労働時間(会社の支配下にある時間)】

4〜12、13〜14、16〜19

の合計12時間が労働時間に該当すると考えられます。

10時〜11時は、
スマホゲームで暇つぶしをしていますが、
労働をしていない原因は会社のミスです。

会社側が責めを負うべき理由により、
社員が労務を提供できない時間も
労基法上、
賃金支払の対象となる労働時間に該当します。

一方で、
14時〜16時の通院時間は、
社員側の都合による職場離脱であるため、
ノーワーク・ノーペイの原則のとおり、
労基法上、
賃金支払の対象とする必要はありません。

17時〜18時の移動時間は、
業務に密接に関係した移動であるため、
労基法上、
賃金支払の対象となる労働時間に該当します。

19時〜24時の接待時間は、
グレーゾーンとなります。

会社の強制的な指示であれば、
賃金支払の対象となる可能性が高くなりますが、
Aさんにある程度の裁量権(今日は早出したので接待に参加しないと言えたか?等)
があると考えられる場合は、
賃金支払の対象とならない可能性が高くなります。



【3.労働契約上の賃金対象・労働義務の対象となる労働時間(お給料をもらう根拠となるすべての時間)】

4〜12、13〜19

の合計14時間が労働時間に該当すると考えられます。

14時〜16時の通院時間は、
労基法上、
賃金支払の対象労働時間ではありません。

しかし、
この職場では、
通院などで終業時間中に外出しても給料は減額しない。
という暗黙の了解が成立しています。

したがって、
このような場合は、
就業規則等に明確な記載がなくとも、
職場の労働慣行が労働条件と見なされる可能性が高く、
労働契約上の賃金支払い義務が発生すると考えられます。



【4.労災保険の業務上認定の対象となる労働時間(労災かどうか判断する際に業務中であると判断される時間)】

4〜10、11〜12、13〜14、16〜24

の合計16時間が労働時間に該当すると考えられます。

10時〜11時の手待ち時間
および
14時〜16時の通院時間は、
業務によって心身に負荷が掛かっている
とは考えられないため
労働時間ではないと考えられます。

しかし、
19時〜24時の接待時間は、
業務に付随した行為であり、
早朝出勤+深夜残業と考えられ
心身に相応の負荷が掛かっていると考えられます。

このため、
接待時間は労災認定する際には、
労働時間に含めて考えるべきでしょう。



安全衛生法では、
長時間労働者に対して医師による面接指導をしなければならない。
という規定が存在しますが(第66条の8)、
この場合の算定対象となる労働時間は、
主旨から判断すれば、
この労災認定時の労働時間とイコールであると考えます。





以上のように、
一口に労働時間と言っても、
その使われる場面場面でまったくことなる意味を持つということは、
肝に銘じておく必要があります。



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